2013年06月28日
新嘗祭は品種改良のための古代農業の最先端技術だった。

日本にたくさんある神社。
そこで行われるお祭り。
ちゃんと意味があったみたいです。
人と自然
の
マ ツ リ
学校では教えない教科書
面白いほどよくわかる神道のすべて
日常の暮らしに生きる神道の教えと行事
菅田正昭 著
より抜粋。
新嘗祭は品種改良のための古代農業の最先端技術だった。
新嘗祭と「初穂」の奉納の意味
神道(カンナガラ)に独自なすぐれた特製を考えてみよう。そのために神道の原点に戻ると、「新嘗祭」というものがある。
その年の新穀を神に献上し、神ともにその新穀を共食する祭りのことを、伊勢神宮では神嘗祭といい、皇室や一般の神社では新嘗祭と呼んでいるもだ。その年の収穫を神に感謝し、合わせてあくる年の豊穣を祈念する祭りとしての意味をもっている。
その新穀がいわゆる「初穂」と称されているものだ。
ところが、初穂料という言葉があることから、この初穂のことを神社に捧げる金銭のようにかんがえる人もいる。しかし、ここでは文字どうりのイネの初穂の義である。すなわち、その年に最初に実った稲の穂だ。それも見事に実ったものをいう。
もちろん、その初穂を脱穀すれば、美味しいコメになるはずである。神様に差し上げるために、一番の出来栄えの米である。
しかし、奉納した米の全部を食べてしまうのではなく、神に捧げられた初穂は、じつは、のちに神様から返還されるのである。
初穂の神事を遺す〈おみどり祭り〉
こうした初穂を社殿に吊るしておく神事が遺っている。たとえば、瀬戸内海の広島県豊田郡の大崎下島(豊町と豊浜町)や、忽那諸島の愛媛県温泉郡郡中島町の中島・怒和島・二神島にはおみどり神事(おみどり祭り)と呼ばれるものが伝わっている。
とくに、二神島の宇佐八幡神社の秋祭りの宵宮の特殊神事の〈おみどり祭り〉はその本来の意義が忘れられているにもかかわらず、伝統の精神がよく保存されている。
この〈おみどり祭り〉という名称は、出雲から伝わったとされる「天蓋」という神楽が奉納されるとき、切紙で作られた天蓋(仏像などの上にかざられる笠状の飾りもの)を吊るす網が緑色であったことから名づけられた、と考えられている。
しかし、このオミドリは「お実取り」の義なのだ。それというのも、その緑色の網の中央に「米を入れた袋」がくくりつけらるからである。
二神島の場合、その袋は現在、菓子袋へと変化し、神事が終わったあと、子供たちに配布されているが、もともとは種籾を入れた袋であったらしい。
そして、このような米の袋のことをかつては「稲霊様」と呼んでいたようなのだ。言い換えれば、ここに初穂の霊魂が宿っているのである。
奉納の形で実践したきた稲の品種改良
この神事の古い形は、おみどりの神(すなわち稲霊様)を家に持ち帰って神棚の近くに吊るしたり、場合によっては一時期、田んぼの中に吊るしたりしたあと、それを翌年の種籾にすることにあった。
ちなみに、吊るしておくのは、ネズミに食べられないようにするためで、その初穂をあくる年の春に蒔く種籾として使う。
しかも、初穂というのは、自分の家の、あるいはその地域の田んぼのなかで、一番最初に実り、かつ美味しい、という遺伝子をもった米なのである。
つまり、毎年、初穂を神に捧げることは、知らず知らずのうちに、稲の品種改良をしていることになる。
とくに、冷夏や風水害を乗り越えて見事に実った稲の場合、新種である可能性もあるわけだ。
我々の先祖は、初穂を神々への奉納という形でその土地に適した稲の改良を実践してきたわけなのだ。
以上抜粋。
神社のシステムは調べてみるとほんとに良くできています。
神様をもてなすことが種の品種改良になっていたとは驚きでした。
小さいころは朝ごはんを食べる時は仏壇にお供えしてからとよく言われたけれどもそれもその様な意味があったように思えます。
この記事へのコメント
初穂は、大麻の花穂の部分ですよ。
伊勢神宮では今でもそれが入っているとかいないとか
伊勢神宮では今でもそれが入っているとかいないとか
Posted by 神奈備 at 2013年11月18日 20:31