2010年07月17日
除草剤のいらない焼畑農業
コシヒカリより上手い米ーお米と生物多様性
佐藤洋一郎 著より抜粋
世界のあちこちには、焼畑と呼ばれる、火を使った原始的な農業のスタイルがあった。とくに東南アジアの山地部には古いスタイルの焼畑が残されていて、今も焼畑農業で暮らしを立てている人びとがいる。
ところが、この焼畑農業に非難が集中した。焼畑農業が森林を破壊し、しかもそのときにひを使うから、というのがその理由だ。焼畑が二酸化炭素を排出するという「的外れな」非難だった。しかし、最近の研究は、焼畑が必ずしも森林破壊の元凶でもなければ、二酸化炭素の量の増加につながるわけではないことを示している。むろん、熱帯で、大面積の森林を一度に焼き払い、大規模なプランテーション農業を展開し、あとはそのまま放置するといった破壊的な農業をやれば、深刻な環境破壊をもたらすであろう。しかし、それは伝統的な焼畑とは無縁のものである。
伝統的な焼畑では、開いた土地はやがては休耕というかたちで森に帰される。焼くという行為は確かに二酸化炭素の排出をもたらすには違いないが、そのとき大気中に放出された二酸化炭素は、その森の植物たちが数年、数十年という時間のあいだに大気中の二酸化炭素を吸収してデンプンなどのかたちで体内に蓄えたものである。その意味で、はるか昔の植物がはるか昔の二酸化炭素を吸収して作られた石炭や石油など、いわゆる化石燃料を燃やすのとはわけが違っている。
しかし東南アジアをはじめ世界各国では、農民たちに、焼畑をやめて一カ所に住み着いて農業をするように勧めている。私が長く研究フィールドにしてきたラオスでも、政府は焼畑農民に焼畑をやめて定められた水田での稲作を強く勧めている。焼畑の農業は耕作と休耕を繰り返して行う。だから焼畑農耕は「移動する農業」だ。一方、水田の稲作は、もっぱらその土地で営々と作り続ける「常畑」となる。
しかし、常畑に移ることが焼畑農業よりよい結果をもたらすといえるのだろうか。常畑ではどんどん痩せていくから、外から肥料分を補う必要がある。おそらく、化学肥料を使うことになるだろう。
もう一つの問題は雑草である。焼畑はそれを、休耕というかたちでしのいできた。常畑では、増えていく雑草を何らかの方法で取るしかない。現代の農法では、除草剤を使うことで問題を解決しようとしてきた。病気や害虫が発生すれば、それも農薬で対応してきた。
常畑の稲作では欠かすことのできない化学肥料と農薬は、石油からできている。その生産には大量の電気を必要とする。発電にはかなりの量の石油を消費する。そしてできた製品は石油を使って運ばれる。つまるところ、常畑での稲作は、完全な石油依存型の農業なのである。
このように比べれば、焼畑の稲作は決して環境にわるいばかりではない。トータルに考えればむしろ化学肥料や農薬を使う水田稲作より、環境に対する負荷が小さい可能性さえある。とくに先に述べたポスト石油時代には焼畑は学ぶべき農業のスタイルの一つではないかとも思われる。
コシヒカリは、他の水田用の品種と同じく、焼畑農業には適さないらしい。一般に、コシヒカリを含めた水稲は、焼畑の畑ではろくに育たない。私も一度、国立遺伝学研究所で、研究用の畑ののり面の草を焼いて、そこに焼畑の品種と水稲の品種を混ぜて植えてみたことがある。焼畑の品種は、ラオスのルアパバン近くの農家が持っていた陸稲品種「L6」、水稲品種は、台湾で育成された「台中65号」という品種だ。「L6」は私が付けた品種番号で、現地の農家がこの品種をそう呼んでいたわけではない。台中65号は台湾で育成された品種ではあるが、その親は「亀治」と「神力」であり、系譜上では完全に日本の水稲品種である。
実験は、生える草を春先に焼き払った斜面にいっぱい
小さな穴をあけ、そこにL6の種子と台中65号の種子を同じ数だけ播きつける、というごく簡単なものだった。予想では、なんとか両方育ち、陸稲品種L6のほうが水稲品種台中65号より生育はよくなるはずだった。しかし、実験はみごとに「失敗」してしまった。秋になると、斜面の草原に、息も絶え絶えになったL6が数株残るばかりで、台中65号の株は一つとして残っていなかった。一品種ずつの実験だが、両品種の差は水稲と陸稲の違いと見ていいだろう。水稲は、極めて特殊な環境で育つように進化してきたイネだ。畑という環境は台中65号に限らず、水稲には実に厳しいものだったと思われる。
Posted by HAPPY BIRTH CAFE at 21:20│Comments(0)
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